屋号をさまよう ❸ 言葉を託す

第3回屋号をさまよう ❸ 言葉を託す

2023.07.11

命命舎」か——ちょっと過剰な気もするが……いいだろう(このときは本当にそう思っていた)。 次はこの屋号を、書体/ロゴ(存在意義や使命をビジュアル)化したい。刊行する本や今後の露出先に掲載していくのだ。すべてはこのロゴから始まるといってもいい。どんな組織、団体、企業でも、社名や屋号を──意図を汲みとって──書体/ロゴ化し、その業界へ訴求していく(もちろん出版社だって)。けれども、わたしはデザイナーではない——さて、誰に頼もうか。

セプテンバーカウボーイ・吉岡秀典さんというブックデザイナーがいる。『嫌われる勇気』『独学大全』などの大ベストセラーや、星海社新書のアートディレクター、『きのこ文学名作選』『UMEZZ PERFECTION!』などのサブカルチャーまでを手がける。そのデザインは書店でひと目みればすぐわかる、いわゆる超「売れっ子」だ。 もともとの出会いは2015年の初めころ、写真評論家・飯沢耕太郎さんからの紹介だ。飯沢さんが編者となる本をつくることになり——当時勤務していた会社で企画が通り——「この本は、この人がデザインするべきだ。祖父江さんのもとで、コズフィッシュにいた人だ。連絡してみるといい」となった。聞いたことのない名前だった。

コズフィッシュ
デザイナー・祖父江慎が主催するデザイン事務所。個性的なブックデザインで知られる。本を立体物として捉えたデザインがうつくしい。才能あるデザイナーを、今もなお輩出し続ける(!)ブックデザイン・シーンの奇跡。まるで、ジャズ・シーンにおけるマイルス・デイビスのよう(わかりにくいですね)。そのデザインは書き手を高揚させ、その待ち期間(デザインアップ)は編集者を悶絶させることで(超)有名。

企画した本は、「きのこ」をテーマにした漫画アンソロジー『きのこ漫画名作選』だ。

飯沢さんは「きのこ評論家」としても著名で数々の本を上梓している(『世界のキノコ切手』『きのこ文学名作選』『少女系きのこ図鑑』『きのこ文学ワンダーランド』『きのこの国のアリス』『世界のかわいいきのこデザイン』『FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー』など)。そのなかの『きのこ文学名作選』(絶版。どこかで見つけて、読んで/触ってほしい奇書)を吉岡さんがデザインしたのだった。「きのこ文学」に続いての「きのこ漫画」ということで白羽の矢が立ったわけだ。

飯沢さんからきのこが出てくる漫画を段ボール一杯分借りて(30~40冊)全部読み、さっそく吉岡さんにメールを入れる。快く引き受けてくれて、いざ打ち合わせ当日。段ボールごと持参し代々木にある事務所へと向かった。ノックをして出てきた吉岡さんは、あいさつをするよりも前に段ボールを持ってくれて、中へと案内してくれた。狭い部屋だ。6畳一間くらいで、2方の壁は巨大な本棚が天井まで伸びている。差してある本は自分がデザインした本か? ほか重厚な古本など、皆目わからない。これは「探偵事務所」——行ったことはないけど——だな。スターバックスのコーヒーを用意してくれていた(すぐ近くに店がある。以降、打ち合わせ時には毎回用意してくれる)。吉岡さんの印象はというと……デザイナーというよりは画家や漫画家といった雰囲気だ。自分だけのために、誰にも見せない作品をつくっていそう。深くニット帽をかぶっている。思慮深そうな目。論理的な口調。人見知りっぽいけど、がんばって話をしている。ほんの少しの、暗い影が見てとれる。

打ち合わせが終わり、まずは収録するにふさわしい「きのこ漫画」がほかにはないか、探すことから始まった。国立国会図書館 東京本館で本を探し、コピーを取り、吉岡さんへメールで送り、ああでもない/こうでもないを繰り返す。なかでも思い出深いのは、大友克洋さんのこと。所属事務所の名前が「マッシュルーム」だとどこかで聞き、これは絶対にきのこが好きだろうから、本のロゴマークを書いてもらおうと猛烈にアタックをした。吉岡さんにロゴのラフ(古いハードディスクから発掘)を書いてもらい──

たらい回しにされながらも突き止めた──大友さん担当のヤングマガジン副編集長あてにFAXで送り付ける。何度も電話をし——いつも(!)いない——メモを残し、しつこく追いかけ回した。結果、「マッシュルームの『マッシュ』は押し潰す、という意味なので、きのこではない」(マジか?)との回答で、泣く泣く断念した。ほかにも、高橋留美子さん、藤子・F・不二雄さん、魔夜峰央さん、水木しげるさんなどの「大先生」の「きのこが出てくる漫画」を求めて、各先生の窓口を探し出し、しつこく追い回した(全員お断り。でも、つげ義春さん、萩尾望都さん、松本零士さんの「きのこ漫画」は収録に成功)。

肝心な本づくりにおいてだが……この人との仕事は強烈であった。今までの本づくりを根底から覆すほどのインパクトがあった。あらゆることに一才妥協をしない(ノンブルひとつとっても)。例えば、束見本(印刷されていない紙を綴じて製本したモック)に、デザインされた本文をプリントアウトして仕上がり寸法(トンボ)で切って差し込む。こうすると、製本されたとき、本を開くとどのように見えるのか、どのように感じるのか、をシミュレーションできる。オモテの、カバーや表紙を巻く人はたくさんいるけれども、これをやっているデザイナーは吉岡さんが初めてであった。しかしこれがまた重要なのだ。

吉岡:モニターとのズレがね、意外と激しいんだよね。せめてコレを1回はやらないと、そのズレを確認できないというかね。やっぱり視覚(モニター画面)が優秀だからね。線で区切られてても、マスク(部分的に隠すこと)で周りを抑えたとしても、サイズを合わせたとしても、発光しているモニター画面との差とかでね、絶対、ピントがバッチし合うことはないというかね。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

どんな工程もひとつ残らずこの有様なので、スケジュールはあるようで、ない。焦る印刷所からは毎日電話が来る。一番面食らったのが、何をつくっているのかが、こちらからは、まったく見えないことだ。送ってもらったPDFのデザインデータを見ても、プリントアウトをして見ても、どんなデザインになるのかが、わからない(会議を重ねる組織では、一体どうやって決済を取っているのか!)。結局、印刷所へ入稿する日に、初めてデザインの一部(!)がわかった。これは、本は平面体ではなく、紙とインクで束ねた「ブツ(立体)」であることを意識したデザインであるため、随所にほどこしたインキや加工がわからないことによる。吉岡さんの頭の中だけに、イメージが存在するのだ。色校正(使用する紙に印刷すること)をとり、それぞれの校正紙を束ねたときに、「ああ、この人は、こういうイメージを持っていたのだ」と初めてわかった。わたしはこのときから、「本はモノでもある」という、あたりまえのことに気づき、本づくり(=紙とインクの集合体)の危険な領域(!)に踏み込んでいくのだった。

この仕事には手痛い後日談がある。徹夜が続き、睡眠不足が続き、お互い(わたしと吉岡さん)にインフルエンザに罹り、ページ重複事故を起こし(書店流通後に読者のTwitterで発覚。わたしの凡ミス)、全本回収(!)し、改訂し、全方面に迷惑をかけまくった。書けないくらい高い印刷費だったのに。まあ、大変な(貴重な)経験である(まったく笑えない)。販促イベントとして、当時まだ広尾にあったDOMMUNEで番組を配信した(盛大に自腹を切って大赤字。飯沢さん、吉岡さん、シナノ印刷外山さん、収録作家のそれぞれ、青井秋さん、みをまことさん、村山慶さんをゲストに、わたしが司会をした。BGMをNeu!にして)。以降、吉岡さんとは4冊つくっている。

吉岡さんには、出版社をやるかどうか悩んでいたときに相談している(相談した人は数人)。メールを振り返ると、2020年1月21日の19時に事務所を訪ねている(まだ何も決まっていない時期。金も借りていない)。忙しいだろうに——たぶん年末〆のいろいろ、もろもろをこぼしていたはず——近所のカレー屋「ライオンシェア」に連れていってくれた。そこで、お薦めのカレーを食べた。なんか、あまりに切羽詰まっていて、何を話したのかは覚えていないのだけれど——クビになる、独立を考えている、どう思う? 的なことだったと思う。「トッピングにゆで卵がいいよ?」なんて言ってくれて、それがおいしかったこと、吉岡さんが奥に座ってわたしが手前に座ったこと、床が木でテーブルも木だったこと、カレー屋らしくない名前だなと思ったこと、そしてご馳走してくれたこと、背中を押してくれたこと、その気持ちがありがたくてありがたくて、泣いてしまいそうだった。

樋口:カレーを食べたときのこと覚えてます??

吉岡:うん。

:そのときさ、あの……どう思いました? こいつ独立するって言ってるけど……

:早くすればいいのに、と思ってたけどね。

:あー!

:他人事だからね! どのぐらい大変なのかとかわからないけど、樋口さん的にはもうやるしかないでしょう。この特徴を持ってる人だと、大変でしょう、と思ってね。

:組織にいるのが、大変だろうということ?

:そうね。やっぱりね、一人でやるにこしたことはないだろうと。まあ、お金の面とかね。いろんな問題はあるだろけど。

:うん、うん。

:でも、そっちの方がいい。ここ数年、ちらほらと「ひとり出版社」も増えてきたし。そういう可能性があるんだったらね。そっちをさぐった方がいいだろう、ていうね。

:絶対やった方がいいって言ってたもんね。

:言ってたね。大変だろうけど。好き勝手言ってたけども。でもやっぱりやるならね、あんまり遅くなっちゃうとね、辛くなってくるもんね。

:うん。

:勝負は、かけられるときにかけた方がいい。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

やはりロゴを頼むのは吉岡さんしかいないだろう。わたしはメールを書き始めた。

屋号をさまよう ❹ 言葉にならない」へ続く

樋口聡ひぐち・さとし

1976年生まれ。茨城県水戸市出身。ひとり出版社・人々舎(ひとびとしゃ)代表。27歳のときに、バンド活動及びフリーター生活から出版業界へ。以降、編集の真似事と退廃の20年を過ごしたのち、2020年に独立。「本にむすうのうつくしさを。」をスローガンに、東京都中野区にて人々舎を始める。

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