第3回「TDとミチコさんのタコ飯おにぎり」

まる、さんかく、しかく。みんなのおにぎり第3回「TDとミチコさんのタコ飯おにぎり」

2026.01.09

インスタグラムから垣間見えるふたりの生活が好きだ。器をひとつひとつちゃんと選んで丁寧に準備された朝食、ゆったり楽しんだであろうコーヒーの時間。大量生産できるものがあまり好きじゃないというふたりが選び、大切にし続けている物たちに囲まれた生活。

ミチコさんは愛媛県松山市垣生で生まれ、女3人姉妹の長女として育った。家は海からすぐで、近くには今出港があった。お母さんがおにぎりを握って、縁側にゴザを引いて一緒に食べた。目の前には菜種の花がたくさん咲いていて、その黄色い風景を覚えている。それがミチコさんのおにぎり原風景。

お父さんはよく海へ出かけ、タコを釣って帰ってきた。タコのシーズン中は週に数回早朝から家を出て行って、数匹のタコを持って帰ってきた。食卓にはタコ飯、タコの天ぷら、タコの酢の物や湯がいたエビなんかもよく並んだ。地元の人は、それぞれ独自の仕掛けを持っていて他の人には教えない。人によってはタコツボを使っている人もいたのかもしれないが、ミチコさんのお父さんはツボも竿も使わずに、テグスだけで釣った。仕掛けをつけたテグスを右手に二本、左手に二本ずつ持って、揺れる小さな船に乗って海に出る。冷凍庫には「エサ」と油性マジックで大きく書かれたジップロックの中に、新聞紙に包まれた鳥や猪の油があった。小さいカニなんかも餌に使っているようだった。

シーズン外は冷凍しておいたタコを使った。冷凍庫を開けて、カチコチに凍ったタコが滑って足の上に落ちてきて痛い思いをしたこともある。上京してからもしばらくはよく冷凍タコを送ってもらった。

料理はお母さんがした。行事ごとを大切にする家だったので、よく親戚が家に集まった。そんな時はお父さんが釣ってきたタコを振る舞うことが多かった。タコ飯は一度に大量に作って、残ったタコ飯はおにぎりにしておいて次の日に食べた。お父さんはそれに白湯をかけて食べていた。「大原家(ミチコさん)のタコ飯は醤油も油あげも松山のものじゃないといけない。特に油あげは程野商店の松山あげじゃないといけない」らしい。目の前でタコ飯を握ってくれているミチコさんに、「今日も程野商店の松山あげなんですか?」と聞くと、当然でしょうと言わんばかりに「もちろん」と頷いた。

「こうやってみっちゃんが自分のルーツにあるものを作ってくれるのが嬉しい」とTDが言った。TDは大阪府高槻市で生まれ、今は東京でアパレル関係の仕事をしている。みんながTDと呼んでいるので僕もそう呼んでいて、本名が多田だというのはあとで知った。

TDが子どもの頃、お母さんが作ってくれるおにぎりは大きな大きな球体で、全面に海苔が巻かれて真っ黒だった。周りのみんなのおにぎりは綺麗に三角の形をしたものが多かったし、白い面積が広くてカッコよく見えた。まるで爆弾のような黒々とした自分のおにぎりが嫌で嫌で仕方がなかった。中の具は決まって梅だった。

梅は食材が傷むのを防止することとか、海苔が消化を助けることは大人になってから知った。健康診断などでは決まって「多田さんは丈夫ですね」と言われる。大きくて丈夫な体に育った今ではお母さんに感謝しているけれど、やっぱり今でも海苔と梅はあまり好きじゃない。逆にミチコさんは海苔も梅も大好き。そういうことは他にもあって、TDは牛乳が大好きなのに対し、ミチコさんは大の苦手。洗ってもかすかに残る匂いが嫌で、牛乳専用のコップを決めている。

ふたりは他に替わりのない一点ものの陶器が好きで、食器棚にはたくさんの陶器の器が並んでいる。割れてしまったら他に替えがないので、ミチコさんはそのために金継ぎも習いに行って学んだ。少し前に引っ越した時、近所への引っ越しだったが、自分たちの大切な器を業者には任せられないと言い、ミチコさんは小さな体で自分で器たちを担いで歩いて運んだ。

「贅沢はしなくていいから、ちゃんと生活をしたい」というミチコさん。高価なものか、流行りのものかではなく、物を選ぶ基準はしっかりと自分にあって、そして自分で選んで手にしたものはずっとずっと大切に愛する。そんなふたりのとても豊かな生活に僕はずっと憧れている。

 

第4回「さっくんこと、作村裕介さん一家の唐揚げ入り巨大おにぎり」の公開は1月下旬ころを予定。

 

 


 

 

阪本勇さかもと・いさむ

1979年生まれ。大阪府箕面市出身。大阪府立箕面高等学校卒業。日本大学芸術学部写真学科中退。写真家・文筆家・映画監督。現在、雑誌・WEB・映画などの人物を中心とした分野で写真と映像を撮影。自身でも監督として映画も撮影しており、映画祭に多数入賞し、高い評価を得ている。主な写真の受賞歴として、第26回写真ひとつぼ展受賞、第1回塩竈写真フェスティバル フォトグラフィカ賞。主な映画の受賞歴として、第1回おいしい映画祭でグランプリ・観客賞W受賞『JUMP ROPE BOY』、第26回TAMA NEW WAVE映画祭「ある視点部門」選出『宇宙のあいさつ』、第13回八王子shortfilm映画祭でグランプリ・観客賞W受賞じゃじゃじゃじゃーん!』。sakamotoisamu.com
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