2026.06.08
ある日曜日のお昼、西葛西に住む海山さん一家のお昼ご飯にお邪魔させてもらった。海山家は、海山さんと妻の吉田さん、娘のうたちゃんの3人家族。


吉田さんは結婚して名字が海山になっているけれど、昔からの呼び方に慣れているので、僕は今も吉田さんとよんでいる。海山さんと吉田さんと僕は、以前一緒に働いていたことがある。


僕は以前、前撮りの会社で撮影をさせてもらっていた。前撮りというのは、今度結婚式を挙げる新郎新婦のお二人を事前に撮影しておくという仕事だった。最近はウエディングドレスで挙式をすることがほとんどなので、結婚式前に和装姿も写真で残しておきたいという人も多く、僕が撮影させてもらっていたのは日本庭園での和装前撮りだった。


その会社は、週単位でスケジュールを提出できるので、フリーランスのカメラマンやヘアメイクが多く出入りし、個人の仕事がない時にそこへ撮影に来ていた。スタジオ撮影ではなく日本庭園でのロケ撮影なので、3時間近くほぼぶっ続けで撮影することもあったので、夏の期間はみんなあまり出たがらなかった。僕は汗をかくのが好きだったし、なによりその当時は個人の撮影の仕事なんて月に一度あればいいくらいだったので、真夏であろうが週に5日、6日撮影し、一日に二件撮影したりもしていた。その現場で知り合ったのがカメラマンの海山さんと、ヘアメイクの吉田さんだった。
どのカメラマンとどのヘアメイクが一緒になるかは当日現場に行って見ないとわからない。海山さんは初めて吉田さんを見た時から「タイプや!」と思っていたらしい。対照的に吉田さんは海山さんのことが嫌いで嫌いで仕方なかった。撮影も一緒に回るのが嫌で周りにも愚痴をこぼしていたらしい。そんな二人がいつのまにか仲良くなって、付き合って、一緒に住んで、結婚するまでになるんだから、愛って全くもってわからない。


その二人の愛の結晶が娘の「うたちゃん」。ふたりの愛の進展をそばで見続けた僕は、うたちゃんの成長にも感慨深いものがある。
うたちゃんはおにぎりが好きで、特にアンパンマンふりかけをかけたおにぎりが好き。お母さんがおにぎりを握るのを見ていて真似したくなったのか、綺麗な形に出来上がったおにぎりを、ラップの上から見よう見真似で力任せに握っておにぎりの形を変形させていた。ついにはラップの上からでは飽き足らず、自分でもおにぎりを握り出した。小さい手で握るおにぎりは、手のひらの大きさに比例するようにやっぱり小さかった。頑張って三つも握っていた。


天気が良かったので、出来上がったお弁当を持って近所の公園に行った。うたちゃんは走りたくて走りたくてたまらないようで、一人で縦横無尽に走り回っていた。


外でおにぎりを食べていると、海山さんがおにぎりの思い出を話してくれた。
小学生の頃、サッカーの大会があってお母さんがお弁当を持たせてくれた。休憩時間、少し大きめの石を見つけ、そこに腰掛けて膝の上にお弁当箱を置きフタを開けるとおにぎりが入っていて喜んだ。ふと、自分のサッカースパイクの紐が片方ほどけているのがお弁当越しの視界に見えた。紐を結ぼうと立ち上がり、お弁当を自分が腰掛けていた座っていた石の上に置いた。何を考えたのか、紐がほどけている方の足を、お弁当を置いている石の上にあげた。「あっ!」と思った時にはすでに遅く、振り上げた足はそこに置いてあったお弁当を蹴り飛ばし、中のおにぎりは地面に落ちて砂まみれになった。落ち込んでいる海山さんを見て、チームメイトが「おにぎりひとつあげるわ」、「ほんなら俺は玉子焼きやるわ」などと、みんなが自分のお弁当から一品ずつ分けてくれて、元のお弁当よりも、周りの友達のお弁当よりも豪華になったと、お弁当を蹴ってしまった時のジェスチャーまで加えて話してくれた。それを聞いた吉田さんは、「うーん、おにぎりの思い出ってないなぁ」と言っていた。


後日、海山さんのお母さんが友人と一緒に大阪から東京に遊びに来た。その夜、海山さんのお母さんと、お母さんの友人と、吉田さんのお母さんと一緒に飲むというので、海山さんと一緒にその席に参加させてもらった。


海山さんのお母さんにもおにぎりのことを聞いた。三角おにぎりだと、中に具がたくさん入らないという理由で、海山家のおにぎりは俵形らしい。さらに一口目から美味しいようにと、たくわんやを刻んだものや塩昆布をご飯に混ぜて握り、それを海苔で包む。
大阪に住んでいる孫のななえちゃんは、「おばあちゃんのつくる、あの読まれへん字の海苔のおにぎりが日本一番美味しい」と言うらしい。「あほか!日本一ちゃう、世界一や!」と返すらしい。「読まれへん字の海苔」の意味がわからなかったが、ある時海苔の袋を開ける時に「あっ!」となった。今は帰化してみんな日本国籍になっているが、海山家はもともと韓国籍で、家庭では韓国海苔を使う。海苔の袋にハングルが書かれていて、「ああ!ななえが言ってたん、これのことか!」と気づいた。


何杯目かのグラスも空き、みんなが気持ち良く酔い出した頃、吉田さんのお母さんに、「吉田さん、おにぎりの思い出ないって言ってましたよ!」と、少し告げ口をするような気持ちで言ってみた。
昔、お母さんは産婦人科で働いていて、ある日早番で午前5時には家を出なければいけなかった。さすがに朝起きてから子供達のお弁当を作るのは無理だと思ったお母さんは、前夜におにぎりを握って冷凍庫に入れておいた。子供達が家を出る時に冷凍庫から出して持っていったらお昼頃にはちょうどいい感じになっているとお母さんは考えた。しかし、いざお昼になって吉田さんが食べようとした時には、おにぎりはまだカッチンコッチンに凍ったままで、まるで歯が立たなかった。「真由子(よしださん)は家に帰ってきてすごい怒ってた」と、お母さんは笑いながら教えてくれた。
「あともうひとつ真由子が怒ったのがあって」とお母さんは話を続けた。吉田さんは子供の頃バスケットボールをしていて、日曜日にバスケットの試合があった。休日仕事でお弁当が作れなかったお母さんの代わりにお姉ちゃんがおにぎりを握って持たせてくれた。お昼になって、そのおにぎりを食べようとしたら、お姉ちゃんはおにぎりを作り慣れていなかったから握りが甘かったのか、一口食べたら「ボロボロボロッ!」と崩れて地面に落ち、結局一口しか食べれなかったらしい。


子供が覚えていないことでも、親はしっかり覚えていたりするし、またその逆もある。おにぎりには握る方の気持ちと、握ってもらう方の気持ちがあって、両方それぞれに思い出が生まれことがわかった。


それにしても、千切りたくわんの混ぜご飯を韓国海苔で巻いたおにぎり、めっちゃうまそうやなぁ。
第7回「『パン屋の息子』進太郎のパンとおにぎりのこと」の公開は7月上旬ころを予定。

















