第10回 俳優の荒井さんと理奈子さん夫婦はおにぎりの想い出がいっぱい

第10回 俳優の荒井さんと理奈子さん夫婦はおにぎりの想い出がいっぱい

2026.10.31

荒井志郎さんとは、もう十何年以上前に料理屋のアルバイトで一緒だった。年齢も一つ上で、アルバイトでも僕より少し先輩だった。表参道にある高級な懐石料理屋だったので、働く格好は黒の革靴に黒のズボン。上は支給される白の襟付きシャツで、腰には綺麗にアイロンがあてられた真っ白のサロンを巻く。その姿が不似合いな僕に対して、男前で背も高く、体格もがっちりしている荒井さんはとても様になっていた。役者をしていると聞いていたので「やっぱ役者はちゃうなぁ」と思っていた。僕のその姿があまりにも滑稽だったのか、ある日オーナーが「阪本君だけ割烹着にしよか」と言った。冗談だと思っていたが、ある日出勤したら本当に僕用の割烹着が用意されていた。その日から僕だけズックシューズに割烹着が制服になった。

荒井さんは石川県加賀市で生まれ育った。小学校の時の学芸会の出し物で『ベロ出しチョンマ』という芝居で村長役をした。「年貢を下げてください!」と言って殺される役だったが、周りの評判がとてもよくて嬉しくなって、その時から役者になるということを意識するようになり、高校を卒業すると同時に役者を目指して上京した。

荒井さんと僕が働かせてもらっていた店では、夜に営業が終わるとオーナーとマネージャーがよくスタッフを飲みに連れて行ってくれた。ほぼ毎日のようにアルバイトに入っていた荒井さんと僕は、特に連れて行ってもらう頻度が高かった。その頃の荒井さんは俳優業で、僕はカメラの仕事で身を立てようと必死だった。カメラマンのアシスタントも辞め、自分の作品をまとめたファイルブックをみてもらおうと出版社に電話や手紙を書いても、何のコネもない僕を相手にしてくれるところはなく、気がつけば週のほとんどをアルバイトに費やし、ただただ見てももらえない写真がファイルに増えていった。

荒井さんも僕とあまり状況が変わらなかったと思う。時々舞台の出演が決まっては、稽古のために一カ月ほどアルバイトを休んだりしていたので、むしろ経済的には僕よりも大変だったのかもしれない。今考えれば、一カ月以上出勤できないアルバイトをまた当然のように復帰させてあげていた店もすごいと思う。

今でもオーナーとマネージャーにはよく飲みに連れて行ってもらっていて、先日みんなで集まった時に、生まれたばかりの赤ちゃんの写メを荒井さんに見せてもらった。家も買ったと聞いたので、荒井さんと奥さんの理奈子さん、息子の一徳の3人が暮らす新居に遊びに行かせてもらって、荒井さんのおにぎりの思い出を聞いた。

荒井さんは小学校の時、町のバドミントンクラブに入った。持ち前の運動神経ですぐに上達し、まわりの大人からは「お前はセンスがある」と言われ、負けることもなかったし、自分が一番上手いと思っていた。はじめて二カ月で地区の大会で優勝し、県大会まで進んだ。そこでも順調に勝ち進んだけれど、準決勝の相手が悪かった。相手は後にシドニー、アテネ、北京と、日本の男子バドミントン界史上、初めてオリンピック3大会連続出場を果たすことになる舛田圭太選手だった。自分が一番上手いと思っていたのに、どこにシャトルを打っても返され、今までやってきたことがすべて通用せず、コテンパンにやられた。初めての負けだった。あまりにも圧倒的すぎて、「負けた負けたー」と、まわりにはたいして気にもしていない素振りをした。

その後、お昼の時間になり、お母さんが持たせてくれたおにぎりを食べた。一口おにぎりにかぶりついたとたん涙が出た。今朝、お母さんが台所でおにぎりをにぎってくれていた姿を思い出して涙がぼろぼろ溢れてきた。「お母さんが朝早く起きて僕のために一生懸命おにぎりをにぎってくれたのに、俺はなんにもできずに負けてしまった」そう思うと、悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。

「『千と千尋の神隠し』で千尋がおにぎり食べながら泣くシーンあるだろ、ほんとあのままだよ」と笑い、「おにぎりには何か力があるんだろうね」と言った。

妻の理奈子さんとは同じ芝居に出演して出会った。僕も観にいかせてもらった四ツ谷怪談を舞台にした芝居で二人は夫婦役を演じ、その後交際に発展したというまさに芸能人的エピソード。その後約十年の交際期間を経て二人は結婚した。

結婚のきっかけは、理奈子さんのお父さんの言葉にあった。ある時、「理奈子ももうそろそろ子ども作りなさい」と言われた。理奈子さんは、その時はもう役者は辞めて他の仕事に就いていたけれど、荒井さんはずっと役者を続けていて、当時は役者だけでは生活できずにアルバイトも並行してやっていた。付き合いは長くなっていたけれど役者のような不安定な職業だし、認められていないと勝手に思い込んでいたのでお父さんのその言葉はとても意外で嬉しかった。お父さんがこんなこと言ってたよと、その言葉を伝えると、荒井さんは「よし! お金貯めてプロポーズしよう!」と胸に決意した。貯めると決めた金額は、役者をしながらのアルバイトの時給生活では相当大変な額だったけれど、荒井さんは根性で貯めた。その後、二人で沖縄旅行に行った時、ダイヤモンドがついたピアスをプレゼントしてプロポーズをした。「ちーーーっちゃいダイヤなんだけど、ダイヤってけっこう高いんだよ」とその時の気持ちを教えてくれた。その後、結婚について話す機会が増え、結婚に向かっているのはわかっていたが、理奈子さんは、なんとその時のそれがプロポーズだとは気づいてなかった。

ある時、レストランウエディングの試食会の話を聞く機会があったが、プロポーズを受けていないとその試食会には参加する資格がないと担当の人に言われた。それを荒井さんに伝えると「え! プロポーズしたよ!」と驚かれ「あ! あの時の沖縄のがそうだったんだ!」と、そこで初めてプロポーズされていたことに気づいた。「プロポーズ気づかれへんって、役者としてあかんのちゃいますか!」と荒井さんに言うと「バカ! あまりにも自然すぎたんだよ!」と返された。

お昼になって理奈子さんがおにぎりをにぎってくれた。実はおにぎりが得意で大好きだと言う。

こどもの頃、夏休みに父の田舎である新潟県新津市(現在の秋葉区)のおばあちゃんの家に毎年帰っていて、おばあちゃんがにぎってくれるおにぎりを持って海水浴に行くのが楽しみだった。海で食べたおばあちゃんのおにぎりが美味しくて「海苔も巻いていないのになんでこんなにおいしいんだろう!」と思った。具は確かタラコだったと思う。後日また台所でおばあちゃんがおにぎりをにぎってくれてるのを見かけ、「あ! あのおいしいおにぎりだ!」とそばでずっと見ていたら、おばあちゃんがにぎり方を教えてくれた。何回も何回も二人で練習して、かたさや、量や、塩加減に具のバランス、おばあちゃんのおにぎりの秘訣をひとつずつ全部教えてもらった。

それまでお母さんににぎってもらうおにぎりはいつも「俵形というよりもタイヤ型」で、友人たちが持ってくる三角のおにぎりがかっこよくみえていた。「なんでうちのおにぎりは三角じゃないの?」と聞くと、「お母さん、三角へたなの」という答えが返ってきた。お母さんもお父さんも上手ににぎれなかった三角のおにぎりを自分がきれいににぎれるようになってすごい嬉しかった。

それからは休日に家族で遠出するときは、朝早く起きて理奈子さんが家族分のおにぎりをにぎるようになった。途中に寄る高速道路のサービスエリアでうどんと一緒ににぎってきたおにぎりを食べる時間が大好きだった。おばあちゃんから教わったにぎり方で、「お父さんはいっぱい食べるからこれくらいの大きさでしょう。お母さんは梅が好きじゃないからシャケと昆布でしょう。」などと、人によってにぎり分けもした。一度、理奈子さんが寝坊した時に替わりにお父さんがにぎったが、食べてみるとやっぱりおばあちゃんのおにぎりとはどこか違った。「なんというか、同じお米使ってるのにかたいというか、多いというか、とにかくなにかが違った」。お姉ちゃんは朝起きるのが得意ではないし、おにぎりは自分の担当なんだという使命感がさらに強くなった。

この日、理奈子さんににぎってもらったおにぎりは確かに絶妙で、ふわっとしているのに崩れず、しっかりとしていておいしかった。荒井さんが「どれどれ」と腕をまくって一つにぎってみたけれど、同じお米、同じ炊き加減なのに、荒井さんがにぎったおにぎりはお皿に置くとすぐに崩壊してしまった。もうきっと完全に荒井さんの胃袋は理奈子さんにつかまれているんだろうなと思った。

「荒井さんは売れて活躍しだしたら、絶対サングラスかけて金のネックレスして、東京出身みたいな顔してチャラチャラするようになるはずや!」と昔からずっと僕は言っていて、その度に「バカ! 俺は変わらないよ!」と返されていた。出会った頃は売れない役者と売れないカメラマンで、僕の方の状況は大きく変わったとは言い難いけれど、荒井さんは今や多くのドラマやCM、そして最近は声優としても活躍しだしている。十年以上テレビを家に置いていない僕ですら、街のいろいろな場所で偶然に荒井さんが出ている映像を見かけることがある。

少し前に生まれた我が子を抱いて優しく話しかけている荒井さんの姿を見て「あの時のあの言葉、謝らなあかんなぁ」と思った。

 

第11回「嬉しくて、かわいくて、笑ってしまった。」の公開は11月下旬ころを予定。

 


 

阪本勇さかもと・いさむ

1979年生まれ。大阪府箕面市出身。大阪府立箕面高等学校卒業。日本大学芸術学部写真学科中退。写真家・文筆家・映画監督。現在、雑誌・WEB・映画などの人物を中心とした分野で写真と映像を撮影。自身でも監督として映画も撮影しており、映画祭に多数入賞し、高い評価を得ている。主な写真の受賞歴として、第26回写真ひとつぼ展受賞、第1回塩竈写真フェスティバル フォトグラフィカ賞。主な映画の受賞歴として、第1回おいしい映画祭でグランプリ・観客賞W受賞『JUMP ROPE BOY』、第26回TAMA NEW WAVE映画祭「ある視点部門」選出『宇宙のあいさつ』、第13回八王子shortfilm映画祭でグランプリ・観客賞W受賞『じゃじゃじゃじゃーん!』

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